足利出身者の著作本 翻訳本

このページでは、足利出身者の著作本-翻訳本をご紹介しています。

最終更新日:2017/11/21 記事作成日:2013/5/9

【桑子利男】

桑子利男(クワコトシオ)
1955年、栃木県足利市生まれ。1980年、早稲田大学教育学部英語英文学科卒業。1985年、東京大学大学院人文科学研究科英語英文学専門課程博士課程中退。現在、早稲田大学教育・総合科学学術院教授。専攻は一八世紀を中心とするイギリス文学・文化(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

アントニー・ブラント伝 [ ミランダ・カーター ](翻訳本)

内容:英国の機密情報を長年ソ連に漏洩し続けた「ケンブリッジ・ファイヴ」。その一人にして、コートールド美術研究所を率いた著名な美術史家。「スパイ、同性愛、国を裏切り、女王まで窮地に追い込んだ悪党」と激しく指弾されたアントニー・ブラントとは、どのような人物なのか。戦争と革命に翻弄された20世紀の襞に光を当てる傑作評伝。オーウェル賞、王立文学協会賞受賞!

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
カーター,ミランダ(Carter,Miranda)
イギリス生まれ。作家、ジャーナリスト。エクセター大学(オックスフォード)卒業。『デイリー・テレグラフ』、『ロンドン・レヴュー・オヴ・ブックス』、BBCラジオの協力者。『アントニー・ブラント伝』で、オーウェル賞、王立文学協会賞を受賞。2002年、『ニューヨーク・タイムズ・レヴュー・オヴ・ブックス』が選ぶ年間ベスト7の一冊に選ばれた。近年は、小説作品を発表している

パーディタ メアリ・ロビンソンの生涯 [ ポーラ・バーン ](翻訳・共著)

内容:18世紀末の社交界を震撼させたスキャンダラスなセレブにして高名な女流文人の波瀾万丈の生涯。尋常ならざる美貌と文学的才能に恵まれた希有な女性の波瀾万丈の生涯をよみがえらせ、詩人として再評価し文学史上に位置づける。

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
バーン,ポーラ(Byrne,Paula)
1967年、イギリス北西部の港湾都市バーケンヘッドに、労働者階級の大家族の三女として生まれる。カレッジで英語と神学を学んだ後、グラマー・スクールや公立カレッジで教え、リヴァプール大学で英文学の修士号と博士号を取得する。その後作家として文筆活動を開始。『パーディターメアリ・ロビンソンの生涯』(2005年)で、『サンデイ・タイムズ』紙のベストセラー上位一〇作に選ばれ、権威あるサミュエル・ジョンソン賞の候補にもなった


【柏瀬省五】

柏瀬省五(カシワセショウゴ) 翻訳
1943年栃木県足利市生まれ。東京学芸大学大学院修了。岡山大学名誉教授。同大学教養部英語教官在職中の1989-90年、文部省在外研究員として、オーストラリア、シドニー大学、マッコーリー大学で研修。在豪中、シドニーで著者ロバート・トレボーラング氏と遭遇。以後著者を日本に紹介。この他、オーストラリア英語、オーストラリア文化に関する論文多数。現在、宇都宮大学国際学部国際文化学科教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

オーストラリア人の禅―南半球の発想

内容:本書は、オーストラリア人について言い古された言い方、自慢の説明、繰り返される引用、オーストラリア人の国民性についての説明を1冊の本にまとめたものである。

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
トレボーラング,ロバート
1941年パレスチナ生まれ。父はドイツ語を話すユダヤ系。母はハンガリー・ルーマニア系。1946‐60年、ルーマニアで生活。1960‐61年、パリ経由で両親と2年がかりで、オーストラリアに移住。その後、シドニー大学で、オーストラリア、オーストラリア人の研究。間もなく中国系美人Moi Moiと運命の出会い、結婚。以後、オーストラリア人に関する本How to Survive Australia、How to Make it Big in Australia、 How to be Normal in Australia、How to Mate in Australia等、次々にベストセラーを発表。出版数14冊を数える








(このページの訪問者は 8 人です, 本日の訪問者は1 人です)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です